法泉寺の掲示板



カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


26件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[26] 阿弥陀如来と俺

投稿者: 高橋晃清 投稿日:2021年 4月 9日(金)17時40分37秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

一日雲を眺めて過ごす。時に庭に出る。風がわたる、木の葉がざわめく、鳥が囀る、猫が歩く・・・。ふと思う、『俺は俺であると同時にこの世界そのものだ』。阿弥陀如来は衆生済度の強い思いの故に前に傾いて立っておいでとか。いや、そうではない、阿弥陀如来と言う俺に対する存在が在るのではない、俺は俺であると同時に阿弥陀如来でもある、その全体の中に在る。善人、即ち驢馬の様にウスボンヤリと生きる者さえ死んで肉体を失えばその無意識の私は阿弥陀如来の中、大いなる安堵の中に帰って行く、私のままで・・・。であれば、悪人、即ち四苦八苦の奴隷であってもその同じ境地に帰る!俺は風であり鳥の囀りであり、そして俺。【存在】は宇宙のみしか無い、俺はその一部にして全部。




[25] 井の驢を映すが如し

投稿者: 高橋晃清 投稿日:2021年 4月 4日(日)10時39分41秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

禅の話しですが、【とらわれない生き方とはどんなものか】についてある修行僧が『驢の井を覗くが如し』と言った。ウスボンヤリの馬鹿である驢馬が井戸を覗いてそこに映る自分のバカ面をボンヤリみている、そんな風がいい、と。ところが師匠は『それでは足らない、井の驢を映すが如し』と言った。来るものを拒まない、来たら相手をまるまる映す、しかし自分を主張はしない。最早【無心】、【自分というものが無い】・・・東風が吹けば西に揺れ、西風が吹けば東に揺れる、難しいですね、こういう心境!



[24] 根源に繋がる

投稿者: 高橋晃清 投稿日:2021年 4月 4日(日)10時21分7秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

文人墨客の家系に生まれた者にはSSK設計部での厳しいやりとりは匕首で胸を抉られるような毎日でした。穏やかな言葉に魅かれてものみの塔に入信しました。しかしそこはまた別の種類の地獄でした。約20年の後、脱退、キリスト教会に行きました。でも何か的を射ていない思いで遠のき、やがて神道に眼が向きました。宇城市南部田に守山八幡宮と言う村社がありますが、其処が遠祖がお仕えした神社です。でも我が家は長く東本願寺の門徒でした。最もよく読んだのが聖書、遠祖は神主、家の宗旨は浄土真宗、これに長くとまどいましたが、色々調べるうちにこれら全ての根は同じのようだ、と気着くに至りました。
人間には前頭葉論理思考脳に依拠する顕在意識と臍の下に住まう肚のムシ、深層無意識とがあります。肚の虫のつぶやきに随って生きると人生は順調ですが、勉強し過ぎて賢しらに顕在意識で歩むと失敗します。肚のムシは呟きます・・・感がえるな、放下して成り行きに任せて生きよ。阿弥陀如来に縋るならば死んでも生きる。頭脳によっている【俺】と言う意識は死ねばなくなりますが依拠する臓器がない、肚の虫はその根源の神に繋がっています。



[23] 晃清

投稿者: 高橋 投稿日:2021年 4月 4日(日)09時55分6秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

こんな記事を見つけました・・阿弥陀仏の元はイエス・キリストだった:大乗仏教に入った原始キリスト教
https://www.youtube.com/watch?v=-wDX6zQQ2RY

これは私にとっては物凄く意味のある発見です。【大乗】の意味も解りました。人がまだ自分の知恵に拠っている間は本当の救いはないでしょう。【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】、【悪人】に成りきらなければ真の救いはないでしょう。【悪人】になるまでが苦しい、なってしまえば心は晴れる。人は一旦【死】ななければ【生き】ないでしょう。



[22] 申し訳ありません、

投稿者: 桃谷法信 投稿日:2020年10月20日(火)01時11分13秒 p322120-ipngn200211takakise.saga.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

高橋晃清様
掲示板を出しているにもかかわらず、ほとんどチェックしないまま、フェイスブックに夢中になっていました。久しぶりに、掲示板を見て、高橋様のメッセージを読み、恥ずかしくなりました。尊い文章に脱帽です。再度、ホームページをチェックしてみます。また、無量寿の掲載も試みてみます。ご鞭撻、ありがとうございました。




[21] 日本の背骨

投稿者: 高橋晃清 投稿日:2020年 9月23日(水)23時13分15秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

昨日お邪魔している時、若いご婦人が参拝に見えました。今しがた永平寺の修行僧の動画を見ました。そこでかねて考えている事を書いて見ます。
ロシアは二月革命によって帝政が倒れソ連になりました。マルクス主義の政権が数十年、東西冷戦構造の一方に君臨しました。しかし今日、中国に見られるような拝金によるモラルの崩壊は起らず現在のロシアになりました。そこにはロシア正教の存在があったからだと考えています。人々の心の底に真っ当な霊の風を受け取る器があった!
日本人は節季毎に神社に詣でたり寺参りをします。そこに賢しらな屁理屈はありません。また、永平寺のような修行の場があり、若い人々がそこに出入りします。このことが人智では感知も了解も出来ない風の感化を受けて日本国の背骨を健全に保っていると考えています。日本の仏像は荘厳で品があります。しかし小乗仏教や中国のはおどろおどろしい外見をしています。それはそのまま人々の心の底を映し出しているでしょう。余談ながら先祖を祀るのは日本人とイスラエル人だけらしいです。私は日本人が古代イスラエル人の子孫であり神道は彼らの信仰を踏襲していると考えています。(料理に使うまな板・・・古代イスラエル人がエジプトでの奴隷扱いを逃れ出て40年間荒れ野に暮らした時、神は天からマナと言われる食糧を降らせた。それを人々は板の上で切って食べた、これがまな板の起こり。また正月などに神社で餅を播くのはその記憶)



[20] お礼

投稿者: 高橋晃清 投稿日:2020年 9月 3日(木)14時15分39秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

ご住職様、べんじゃら・キッズの皆さん、カワイイ箸置きを送って下さってありがとうございます。妻と二人暮らしなので丁度都合がいいです。早速酒を飲もうと、いや【飲む理由】が出来て喜んでおります。法泉寺の檀家(不真面目檀家ですが)にしていただいて本当に良かった!!



[19] 酷暑に思い出す事

投稿者: 高橋晃清 投稿日:2020年 8月18日(火)22時12分38秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

皇太子と言う恵まれた地位に在りながら『人の世に生・老・病・死のような四苦八苦が何故あるか』と思い悩んだシッダールタは城を出て苦行者の群れに身を投じた。何年修行しただろうか、或る暑い盛りにやせ細った王子は疲労困憊してとある沙羅双樹の木陰に坐り込んだ。そこへ村の娘が冷たい山羊のミルクを持って供養に訪れた。それを飲んで彼の全身に稲妻が奔った。『そうだ、四苦も八苦も呑み込んで総てが人生だ、生きる事は美しい!』・・シッダールタが釈尊になった瞬間だった。
悟りとは実に簡素なものだ。しかし気の遠くなるような求道の後に初めて得られるものだ。そして、『得たり』と思った瞬間、それは消える。・・・丁度、【一瞬、世界が静寂につつまれ時が止まったように感じる時がある。その時、庭の木々が、花が、部屋にある楽器が、一斉にモノ言い始める】その線香花火のような瞬間の至福、のように。



[18] 写真

投稿者: 高橋晃清 投稿日:2020年 8月16日(日)12時17分48秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

仏壇脇の古いトランクを開ける。戦死した叔父達の勲章、勲記、肩章、写真。祖母に抱かれた赤ん坊の写真と佐世保海兵団の制服を着た若者の写真を並べて見る・・・終戦直前に蘭印方面海上に於いて戦死、19歳。他の叔父、一人は江蘇省常熟、もう一人は広東省鳳山に於いて散兵戦中被弾戦死。母方叔父は陸軍幼年学校生徒の時、基隆沖で米潜水艦の待ち伏せ雷撃で乗っていた連絡船が沈没、将校生徒と言う理由で救命ボートを降ろされて鱶の餌食になった。もう一人の親戚は隼戦闘機隊所属、中国洞庭湖上空で機関故障、墜落行方不明、さらに一人はアッツ島にて戦死、出撃前に祖母に別れを告げに来た由。
昭和21年3月10日前後のある漆黒の夜、台北市幸町の玄関を出て皆で大きな貨物自動車に乗った。集結した小学校の窓から稲光と嵐の空が見えた。基隆の港を出たのは真夜中だった、みなデッキに出て港の赤い灯を見た。『さようならしなさい』と祖母に促されて私も合掌した。・・・これを書きながらとめどもなく涙が出てくる。



[17] 夜更けて来る鬼

投稿者: 高橋晃清 投稿日:2020年 8月15日(土)01時36分7秒 flh2-133-204-1-192.osk.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

今夜もまた2時間弱して目覚めた、鬼が悪夢を携えてやって来るのだ。
親達と妻子を思い出す時は匕首で胸を抉られるような後悔、他人との関わりを思い出す時には【生きねばならない、お金を得なければならない】とやった恥ずかしい行為の記憶が私を責め苛む。自分自身については危ない橋を何度も渡って息詰まる人生、忘れたい。
しかしこのような人生を通して薄々思う事は、我々が生きているこの世界は人々が【神】と呼んでいる存在、それは一つの【念】、それが人の五感に分る姿に現われているのが地球そのものとそこに生きる全てのもの、そして私はその一部、犬も猫も人もみな私と同じ根から出ている。では私は、私の人生は何のためにあった、あるのか?
ここから先はイエスさんの言葉を借りよう、曰く『神はあなたを通してご自分の栄光を顕わされる』
そうだ、辻井伸行さんを通して神はその存在と栄光を人類の前に顕わされている。
だが・・・自分の終わりについていつも頭を過る風景はyoutube動画Sigur Ros、寒い北方の路上に行倒れて終わる、それが自分の人生に一番ふさわしい終わり方かもしれない。


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